Internal Medicine(旧Annual Session)

2003年度(San Diego)

家族と共にThe 2003 Convocation,
ACP Annual Sessionへ

山形県村山市 はんだクリニック 半田和広

Kazuhiro Handa, MD, PhD, FJSIM, FACP

 

アメリカ内科学会Fellowをめざして

For it is God who works in you to will and to act according to his good purpose.

-Philippians 2:13 (NIV)

 1993年,自治医大卒後の初めての僻地勤務となった川西町立病院での勤務中,キリスト教伝道のために来日した韓国系アメリカ人の大学生との出会いを通じ,単に日本国内だけでなく,世界中の方々にも奉仕出来る医師になりたいという思いが与えられました.その後,95年から町立八幡病院に勤務することになりました.人口7500名の町ではありましたが,その町の外国語指導助手の方々との交わりを通じ,英語に対する関心を維持できました.当時の内科専門医会誌に内科専門医は米国内科学会(ACP)への入会資格が与えられるとあり,国際的な視野に立った医療技術を身に付けるための一歩として内科専門医,そしてACP入会を目指す様になりました.そして,八幡病院での臨床経験を95年にアジア太平洋消化器病学会で,98年にオーストリアで開催された世界消化器病学会で発表することが出来ました.96年に内科専門医を取得しましたが,99年に山形大学での病理研究の論文がInt. J. Cancer 84(3): 225―33として,受理されたのを機にACP入会の申請を行い2000年2月に念願のACP入会が認められました.その後,2001年開設の公立置賜総合病院勤務となり,2002年の国際内科学会議での発表の機会も与えられました.それまでの医師会での活動や,地域住民の方々への講演活動なども考慮していただき,2003年1月にFellow昇格が承認され,同年4月3日のサンディエゴでのFACP授与式(Convocation)に招待されることになりました.当初は,FACP取得は夢のように考えておりましたが,志から10年目にその夢が現実のものとなりました.種々の専門医資格の取得,学会や論文作成など大変な時には常に家族の支えがあり,感謝を込めて授与式には皆で出席する事としました.

サンディエゴにたどり着くまで

So do not fear, for I am with you; do not be dismayed, for I am your God.

-Isaiah 41:10 (NIV)

 2003年1月,授与式参加に向けて準備を進めていた折,村山市の開業医の御夫妻がネパールでの医療奉仕に赴くことになり,4月から急遽その医院を引き継ぐことになりました.その結果,わずか3カ月の間に病院業務の引継ぎ,医院の引継ぎ,引越し準備,渡米の手配など行わなくてはならず,慌ただしい時間が過ぎました.また,子供の卒園,小学入学の時期とも重なり,あまりの雑務の多さに本当にアメリカで行われるAnnual Sessionに参加出来るのか,そして,新しい地で開業医として働けるのか,不安で一杯になりました.折しも,3月にはイラク戦争が勃発しマスメディアを通じ海外旅行の危険性が伝えられました.しかし,その頃来日していた米国人と話をする機会があり,実際に飛行機が飛ばなくなれば仕方ないが,そうでもないのに不安に駆られて,大切な予定を中止することはナンセンスだと諭されました.結局,全ての道は備えられると信じ,Annual Sessionに参加すべくひたすら準備を進めました.
 3月26日で置賜総合病院勤務を終え,翌27日に引越し,28日から新住所で生活のための諸手続きと渡米の最終準備を行い31日には家族そろって日本を出発しました.空港では戦争の影響でかなりセキュリティーチェックが厳しく,スーツケースは鍵をかけず全て開かれる,検問も靴を脱いでくぐるといった具合で,サンフランシスコでの乗り継ぎに2時間も要しました.結局自宅を出てから,24時間ほどかけて,サンディエゴにたどり着きました.ホテルの窓から海に沈む太陽を眺めながら無事家族揃って,サンディエゴにたどり着けたことを感謝しました.

サンディエゴにて

 翌日,目を覚ますと,目の前の湾には軍艦が寄港しており,戦時中であることを実感しました.しかし,妻や,子供たちにとっては初めてのアメリカ旅行でしたので4月1日はSan Diego Zoo,4月2日はSeaWorldに行きました.ここで驚いたのは多くのアメリカ人は平日というのに子供連れで,何事も無いように平和なレジャーを過ごしていたことでした.これが戦争をしている国なのかと,不思議な思いでした.4月2日の夕方からWelcome Receptionがメキシコ音楽の生演奏の中で始まりました.このレセプションは展示会社からのサービスで行われており,アルコールが入る会場というために12歳以下の子供は厳しく入場が制限されていました.4月3日はいよいよAnnual Sessionの初日で,Convocation ceremonyが行われる日です.当日は家族写真撮影の予約をしていたため,開会式に出席したのみですぐにホテルに帰り,写真撮影の準備に取り掛かりました.皆で暗色系の服で統一し,特設会場にて撮影を行いました.家族の皆の表情が良く取れるようにと2名のスタッフを擁しての本格的な撮影でした.(写真1)撮影後は再度ホテルに戻り夕方からのConvocation ceremonyに備えました.このように家族連れの場合,子供の疲れを考慮してホテルと会場を何度も往復しなくてはならず,ホテルが会場の近くにあると便利と痛感しました.

写真1

Convocation ceremonyにて

Ask and it will be given to you; seek and you will find; knock and the door will be opened to you.

-Matthew 7:7 (NIV)

 式典が始まるまでの間に前田先生が日本からの参加者の集合写真を撮影して下さいました.(写真2)その後,新Fellowは一旦控えのホールに集合しました.ここで,初めて日本から参加された先生方全員とお会いできました.そして,18時30分より入場行進が始まりました.晴れやかな音楽にあわせ600名を超えるFellowが進行し,広い会場の真ん中に順に着席しました.アメリカ国家が流れる中,式が始まりました.この式典は非常に厳かなものでしたが,式次第はキリスト教の礼拝に準じているようでした.式典の最初にThe Rev. Michael E.Moynahan,S.J氏よりInvocation(招詞)が述べられました.その後半の部分をご紹介します.
 「本当に人を愛するということは何がその人に痛みをもたらすかを理解することです.哀れみ深い神よ,天与の才能を兄弟姉妹の痛みを理解し,それを癒そうと一生懸命努める者たちが今晩ここに集まりました.彼らの患者ケアに対する真摯な貢献と,その患者に対するいたわり深い精神を通し,私たちが人類の疾病,傷についてよりよく理解できるよう.そして,彼らが病める人を癒すために勤勉に,想像力に満ちて働き,さらにその貢献が増し加わりますように.祝福がいつまでもいつまでも注がれますように.アーメン.」
 この招詞の後にMaster, Honorary Fellowなどの紹介があり,その後新Fellowの紹介となりました.2003年のFellow授与者の最少年齢は31歳,最高齢は88歳であり,米国外のFellowの方も多数いらっしゃいました.これからFellowとして歩むに際しての誓詞を一同で読み上げました.その後,会場の左右の席で見守る,家族や恩師への感謝をささげました.最後に再びThe Rev. Michael E.Moynahan,S.J氏より,Benediction(祝祷)が述べられました.
 「私たちが,人生のあらゆる場面で神の神秘を発見,または再発見できるよう.私たちを訪れる患者さんを通して,神を見出せるよう.治療を要する疾患を通して神を見出せるよう.患者さんの治療を親身になって行うことを可能とする科学的知識,医学的な想像を通して神を見出すことが出来るよう.私たちの仕事が円滑になされるよう支えてくださる人々を通して神を見出すことが出来るよう.患者のケアを優先することを許し,見守ってくれる配偶者,家族を通して神を見出すことが出来るよう.私たちが直面する,科学的知識の限界,また私たちに全幅の信頼を寄せて治療を受けている患者さんの痛みを癒すことが出来ず,あるいはその,生命を救うことが出来ない無力さを経験する時に覚えるフラストレーションや,戸惑いの中に神を見出すことが出来るように.今日そして私たちの生活の日々のなかで兄弟姉妹の痛みを理解し,それを癒すためにさらに学び,さらに治療に当たり,さらに行動を起こそうとする私たちの深い欲求の中に神を見出すことが出来るように.神の憐れみが今晩栄誉を受けた人々と私たちの上に注がれますように.アーメン.」
 その後,順に退場となりました.式典の中の招詞そして,最後の祝祷が特に印象に残り,心に響きました.

写真2 左から梶波康二先生,今井康晴先生,筆者,樋口敬和先生,小田健司先生,川崎建市先生.

Annual Session,記念晩餐会出席

 私が学習のためにAnnual Sessionに参加できたのは時間の都合,翌日の1日だけでした.当初子供たちをキッズプログラムに参加させようと思いましたが,さすがに英語の全く分からない子供たちを預ける勇気は無く,結局妻と子供たちをホテルに残し,私一人会場へ行きました.会場でお会いした,長野市民病院の今井先生に伴って会場を闊歩しました.会場内はカジュアルな服装で,私も初めてノーネクタイに,バックパックという服装で出掛けました.(写真3)講義形式や,小グループ式,実技指導などいろいろな形態の学習の場が提供されていました.そして,会場のいたるところで,質疑応答が交わされ,活発な勉強会という感じでした.しかし,残念なことに英語がなかなか聞き取れなく,リスニング力強化の必要性を実感しました.展示会場は子供の入場制限がありましたが,医師にとっては業者の方と話が出来る場であり,景品やランチボックスが配布されるなど,楽しいものでした.
 その日の夕方からコロナド島の有名リゾートホテル『デル・コロナド』の『The Prince Of Wales』での記念晩餐会が催されました.子供たちにとって,はじめての本格的レストランの場であり,同席した親として緊張したひと時でしたが,APC国際部長の先生方からもなかなかしっかりやっているとお褒めの言葉をいただきながら,楽しく過ごすことが出来ました.子供連れで晩餐会へ参加したのは私達だけでしたが,前田先生のご配慮により,良い記念となり,心から感謝申し上げます.

写真3

日本へそして開業医としての生活

Never be lacking in zeal, but keep your spiritual fervor, serving the Lord.

-Romans 12:11 (NIV)

 晩餐会後,ホテルに戻ってからすぐに帰国の準備を行い,翌日の朝5時の飛行機でサンディエゴを出発しました.また飛行機,新幹線,乗用車を乗り継ぎ,約24時間かけて山形までたどり着き,自宅に着いたのが23時,翌朝8時から子供の始業式・入学式でした.親も大変でしたが,子供たちの体力にも感心しました.そして,その二日後の4月10日から新転地での開業医生活が始まりました.かなりのハードスケジュールでしたが,勤務医から開業医への節目の時期にConvocation,ACP Annual Sessionに参加でき幸福に思いました.今後,Fellowの名に恥じないよう研鑽を積むと共に,フィリピンや,韓国,ブラジルなどから当地に嫁がれた方々など,在日外国人の方々のためにも医療を通じてお役に立てるよう努めて参りたいと思います.
 家族を伴っての学会はなかなか勉強には向きませんでしたが,家族にとっての良い思い出となりました.ACP Annual Sessionは家族向けのプログラムもあるので,大きなお子様なら楽しく過ごせるかもしれません.以上,つたない報告でしたが,家族を伴ってConvocation,ACP Annual Sessionに参加を希望される先生方の少しでも参考になれば幸いです.
 To God be the glory.