Internal Medicine(旧Annual Session)

2004年度(New Orleans)

FACP Convocation Ceremony 2004に参加して

山形大学医学部 器官病態統御学講座
循環・呼吸・腎臓内科学分野 橘 英忠

HidetadaTachibana, MD, PhD, FJSIM, FACP

 

 2004年4月に行われましたFACP convocation ceremonyに参加しましたため,体験記を書かせていただきます.きちんとした報告は,既に他のみなさんからありますため,私の体験記は気軽に読んでいただければ幸いです.正直,だいぶ楽しんできました.

なぜFACPを目指したか.

 私がFACPを目指すきっかけとなったのは,内科専門医となり,初めて内科専門医会誌を受け取ったときでした.ぱらぱらとめくっていったところ,「アメリカ内科学会の入会について,前内科学会会頭である黒川清先生のご厚意により,特に認められた認定内科専門医に限り,入会の推薦をいただくことになりました.」との書き出しで,ACP入会の案内が載っていました.その後気になってACPの記事を読んで行くうち,convocation ceremonyでレガリアと角帽を身につけることができる,$250の会費でAnn Intern Medを定期購読できる,名刺にFACPと入れることができる,などの点を知り,入会を決意しました.定期購読の点以外は,まさしく「形から入った」と言えるでしょう.また,私は留学しておらず,漠然とアメリカへのあこがれがあったことも,入会を決意した一つの理由です.それからcurriculum vitae(CV)を作り始めたのですが,かなり苦労しました.自分の臨床での経歴をどの様に表現すれば,アメリカ人にわかってもらえるか.臨床医として働きながらCVを作成したということもあり,ACP申込用紙を受け取ってから,できあがるまで半年もかかってしまいました.この間,いろいろと支えていただいた方々に,深く感謝申し上げます.そうして無事にACP会員になったのが,2001年12月でした.そこでほっと一息つき,「まあfellowはのんびり考えよう」と思っていたのですが,「次はFACPです!」との叱咤激励のe-mailをいただき,地道に自分のCVをバージョンアップしていきました.そして2年後の2003年,FACPへの昇格を申請し,2004年1月に無事FACPになることができました.地道なバージョンアップのためか,FACP昇格時にはCVでさほど苦労することはなかったのですが,あまりにも稚拙な英文で,添削してくださった米倉先生から多くの点でご指摘いただき,顔から火が出るほど恥ずかしくなりました.この場を借りて,米倉先生にお詫びと,御礼を申し上げます.また,fellow昇格時にproposer,seconderになって下さいました両佐藤先生,そしてさまざまな雑務を引き受けてくださいました杉山様にも御礼を申し上げます.

Annual Session and Convocation Ceremony

 さて,無事にFACPとなったわけですが,やはりレガリア,角帽を身につけたいという希望は強く,家族,医局を説得し,2004年のACP Annual Sessionへと行くことにしました.家族も連れていきたかったのですが,子供が小学校へ通学していることもあり,今回は単身で行くことにしました.日中はさまざまなプログラムに参加し,(本当に)勉強してきました.プログラムは,研究成果の発表というよりも,明日からの臨床に役立つ講演が多く,興味を持って聴いてきました.一人の演者が,1時間30分ほどの講義をして行くという形式で,内容は様々でした.私が聞いたセッションをいくつか紹介します.“Lung Cancer: Risk Factors, Screening, and Management”では,演者がとにかく笑いをとることに専念していました.発表が英語だったので全部のギャグには反応できなかったのですが,一つだけ覚えているのは,気管支鏡が,実はあまり肺癌の診断率が高くないというスライドを示しながら,「でも,僕はこのスライドを患者には見せないのだけどね」と笑いをとったことです.“Common Misdiagnosis in Women's Health”では4つのケースを示し,聴衆に各疾患の診断をさせるというもので,それぞれ狭心症,ドメスティックバイオレンス,間質性膀胱炎,sexual dysfunctionという診断でした.取り上げられた疾患が,いかにもアメリカらしいと感じました.また,演者のProfessor Christina M. Nicolaidisがとても美しい方で,思わずボーっとなってしまいました(いや,時差ボケのせいもあるのでしょうが…).
 Convocation ceremonyは多くの方が体験記を書かれている通りで,おごそかなものでした.木野先生以上に上手には書けませんので,すみませんが木野先生の体験記を参考になさってください.一つ感じたのは,妻,そして子供たちを連れて来たかったという点です.多くの方が書いておられますが,今後Convocation Ceremonyに参加なさる予定の方でご家族がいらしたら,一緒に参加なさると良いと思います.式典は1〜2時間程度であり,小学校中学年以上のお子さんでしたら,一緒に参加できるものと思います.レガリアと角帽は,いざ着てみると「こんなもんかな」という感じでしたが,後で送られてきた写真を見ると,やはり着て良かったと思いました.良い思い出です.

日本支部主催レセプション,そしてフレンチクオーター

 Antoine'sで行われたレセプションは,大変楽しいものでした.さっそくFACPと新しく書き込んだ名刺を,次々と配ってしまいました.黒川先生の「野茂投手のように!」という激励が,印象深く残っています.
 さて,多くの先生はAntoine'sでの会が終了したところで帰られましたが,私と南家先生,上野先生で,フレンチクオーターを散策しました.上野先生は以前ニューオリンズにいらしたことがあるそうで,フレンチクオーターも詳しく,おもしろい店に連れていっていただきました.一件目はPat O'Briensという店で,ハリケーンカクテルという甘いカクテルを賞味しました.ニューオリンズに来たら,これを飲まなければ始まらない,といわれるものだそうです.その店で聞いた上野先生のニューオリンズ時代のお話は,大変おもしろかったです.残念ながらこの紙面ではご紹介できないのですが,また是非ご一緒したいと思っております.その後はMaison Bourbonというジャズカフェに行き,バンドの目の前でご機嫌なJazz soundに包まれました.私はJazzが大好きで,ニューオリンズに来ることを大変楽しみにしていたのですが,フレンチクオーターは本当にJazzであふれていました.ストリートミュージシャンはプロも顔負けの演奏を披露してくれますし,各ジャズカフェは窓を開け放しており,演奏だけなら外からただで聴くことができます.さて,そのMaison Bourbonで,かなり酔いが回り,気が大きくなっていた私は,演奏しているミュージシャンに“Do you have a request?”と問いかけましたが,上野先生から「それは“Do you take a request嚢”と言うのですよ」と直されました(あー,恥ずかしい).requestした曲は“Round about Midnight”でしたが,ミュージシャンから「それは新しすぎるなー」を切り替えされ,「それじゃチャーリーパーカーはどうだい?」とお願いしたところ,“Now the times”を演奏してくれました(すみません,Jazz好きでないと,わかりにくい展開です).これも大変良い思い出です.案内していただいた上野先生,おつきあいいただいた南家先生,ありがとうございました.夜遅くまで飲んでいましたが,翌朝は何とか5時に目を覚まし,少しアルコールが残っていましたが,無事に飛行機に乗ることができました.帰りの飛行機でご一緒させていただきました木原先生,小糸先生ご夫妻,寺川先生,ありがとうございました(寺川先生,危なかったですね).

集合写真:convocation ceremony入場直前の写真です.私は一番右に写ってます.

最後に

 さて,いま読み返してみると,何か単にニューオリンズを楽しんできただけのように思われますが,convocation ceremonyに参加したわけですし,FACPとしての自覚を持って,今後は診療にあたりたいと考えています.FACPになりたいのだけど,なるのは大変そう!と尻込みしてらっしゃる方がいらっしゃると思いますが,問題はcurriculum vitaeだけだと思います.どうぞtryしてください.また何故大変な思いをしてFACPになるのか?その答えは人様々だと思います.でも,「FACPになりたい」と思ったことだけで,十分な理由ではないかと私は思います.どうぞtryしてください.今後日本でもFACPが増えることを期待しつつ,筆を置きたいと思います.